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循環農法へのご縁
試行錯誤しながらの無農薬栽培を頑張っていた頃、妻のガンが見つかりました。すでにステージ4となっていましたが、抗がん剤などを妻は望まず、妻の希望する久留米市の 愛甲内科病院へ転院しました。
「当院は西式甲田療法を取り入れ、断食(ファスティング)、生菜食、玄米食、青汁飲用、腹八分目、温冷浴、裸体操、平床硬枕(木枕)、金魚運動、毛管運動、柿茶飲用、高圧浣腸(腸洗浄、宿便排出)などの日常生活の指導を行います」
私は病気知らずで 健康法には詳しくありませんでしたが、妻の兄は喘息を甲田療法で治癒させた経験があり、彼女にとっても西式、甲田式の健康法は身近なものでした。そうでなければ北海道から遠い九州までの転院は考えもしなかったでしょう。
重態、長期入院の彼女は、冬季の温冷浴など厳しい日常運動の傍らグラバー邸、入院者其々の誕生パーティー等等多くの入院仲間に連れられ普通の入院とはかけ離れた楽しい時を過ごしました。
そんなある日 「とても危険な状況で 設備のある病院に移す、」 との連絡を受け久留米へ行きました。
着いてすぐの話で 彼女は「草と仲良しの野菜を作っている人がいる、そんな野菜を食べたいから見て来て。」というのです。
エー 離れて大丈夫なのかな と思いつつ その後の元気づける話しのためにもと思い、赤峰農園に連絡しました。
翌日レンタカーで大分へ、「不在かも」と言われていた赤峰さんが出迎えてくれ、お話を聞き 農園を案内してくれました。 (途中の電話で 歯医者さんを断っていたよう) それまで福岡さんの本を中心に手探りでしたが 様々な現場の対応を見聞きし、感動!
遅くなったので そのまま近くで泊まろうかと思い 電話すると随分弱弱しい様子、すぐ久留米に直行しました。
もう 話はたどたどしくなり 4日程で亡くなりました。
その日を逃すと赤峰さんとの縁は無かったでしょう。
妻自身が赤峰さんの野菜を食べることはかないませんでしたが、その後の私が、循環農法のお米、循環農法のアスパラ栽培をはじめる、大きなきっかけになりました。
十数年の「藁一本の革命」に近づくべく 失敗を重ね、僅かの成功の価値を模索している中で、九州への導き、妻が言った「草と仲良しの野菜が食べたい」の一言。
それが赤峰循環農法との出会いです。
Posted at 2021-05-09 20:29:26
Updated at 2021-05-14 09:57:52
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